東海道五拾三次之内 関 本陣早立

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち せき ほんじんはやだち

大正期の関

大正期の関「東海道(東海道五拾三次 広重と大正期の写真)」より

関の宿は、昔、鈴鹿関があったところです。鈴鹿峠の麓にあり、大名の宿泊は、亀山の城下町を避けて、この関に多く定められました。画面は、まだ夜が明ける前に、早立ちする大名行列が、宿所を出る様子を描いています。二本の槍と札棹が全体を引き締めています。