次回予定の展覧会

歌川広重 保永堂版 東海道五拾三次展
1993年(平成5年)頃のことです。面識のある画商が訪ねてきて、大事そうに風呂敷に包んだ桐箱から大切そうに取り出したのが、五拾三次の版画でした。
拝見すると、まるで刷り上がったばかりのような鮮やかな、いわゆる“広重ブルー”の作品です。
「一枚一枚集めるなんて不可能です。やはりまとまったセットになっていなければ価値がありません。」と当然のことを画商は言います。そして「戦後間もなく、アメリカ進駐軍の目利きの将校が日本の蒐集家から手に入れ、国へ持ち帰ったものです。そのまま日の目を見ずに保存されていたものを、バブル期に日本人バイヤーが買い漁ったもののひとつです。彼らが欧州で行なったのと同様に、米国でも同じように日本の美術品を躍起になって集めていたようです。」
言い分はともかく、とにかく見事な作品です。どうしても欲しいのですが、個人では資金がありません。とはいえ、会社で買う訳にもゆきません。ちょうど会社の上場直前でしたので、それを当て込み個人で借り入れをして購入することにしました。残念ながら文字通りブラックマンデーの上場となり、この版画だけが創業者利益として残ったといってよいでしょう。
そして、この版画のための展示室を作ろうと考えたのが、知足美術館誕生のきっかけです。詳しくは、予備展示室で説明してあります。
さて、本題に移りましょう。収蔵しております「歌川広重 保永堂版 東海道五拾三次」は、お話ししたとおり知足美術館出発の原点ともいえるものです。購入した時、アメリカ人浮世絵研究科のリチャード・レインが五拾三次について解説を寄せており、これも予備展示室に掲示してあります。
ご存じのとおり歌川広重は、江戸末期に風景版画の新しい様式を確立し、遠くヨーロッパの画壇にも影響を与えた絵師です。なかでも1833(天保4)年に刊行された「保永堂版 東海道五拾三次」は、旅情と自然美を巧みに描き出し、爆発的な人気を博しました。構図や色彩の妙は、今なお多くの人々を魅了し続けています。
見どころは、広重が描いた東海道の宿場ごとの個性豊かな風景です。雪景色の「蒲原」や雨に煙る「庄野」など、季節や天候を巧みに表現した場面。旅人や荷物を運ぶ人々の姿に込められた当時の生活感。遠近法や色彩の工夫による、奥行きある構図の美しさ。さらに、広重の作品に見られる「空の表情」にも注目してください。晴天の青、夕暮れの茜、雨雲の重さなど、わずかな色調の変化で空気感を描き分ける技法は、版画でありながら絵画的な深みを感じさせます。また、宿場ごとに異なる人々の営みや旅の情景は、江戸時代の文化や風俗を知る貴重な資料でもあります。
2026年(令和8年)は広重生誕230年にあたります。当館所蔵の作品は、広重の生きた時代に摺られた初版と言われているものです。冒頭に書きました“広重ブルー”の摺りの鮮やかさや紙質の美しさは、現代に残る奇跡とも言えるでしょう。江戸時代の旅情を感じながら、わずか55枚からなる広重が描いたかつての東海道を心ゆくまでお楽しみください。
開催案内
- 会期
- 2026年2月20日(金)~5月14日(木)
- 入館料
- 一般500円、中学生以下無料
- 休館日
- 日曜・祝日、GWの祝日は休館日です
