先人の思い出 ~ 佐野藤三郎さん 1
2009年7月23日
最初から中国に自ら進んで熱心に出掛けたのではない。中国と私の縁を強く結んで下さったのは、佐野藤三郎さんであった。佐野さんは、私の人生を大きく変えた人のひとりと言っても過言ではない。 今日は佐野さんの思い出の一部をご紹…
技術交流について考える。
2009年7月22日
昨日の「中国との交流のはじまり」では、少し本題から逸れたままとなったが、本題の技術交流の話に戻ろう。 交流課題の協議、技術交流では相手の要望、意思の確認を充分に行ってさえも、期待感を与えすぎることが多いので、不都合な…
中国との交流のはじまり
2009年7月21日
地方公務員をなんとなく辞めて、商売をはじめて6年ほど経った1979年、ふとしたキッカケで中国との技術交流が始まった。この経験が私にとっての国際交流の礎となり、後の人生をより豊かななものにしてくれたと思う。そこで、美術館…
美術館の誕生
2009年7月19日
平成7年、新潟市の平島から新光町へ、本業の社屋を移転することになった。当初は美術館を作るような計画は全くなく、ただ、移転地を探そうと思っていた時である。平成5年、正月の社内報で次のようなことを書いた。 「信濃川本川大…
美術に惹かれて
2009年7月18日

現在日展でも著名な洋画家となった本間ケイさんは、昭和50年代初め、しばらく私の会社でトレースや彩色のアルバイトをしていた。本間さんの先生である笹岡了一画伯の展覧会が大和デパートで開かれるという電話をもらったので行った。…
美術との出会い
2009年7月17日

商売を始める前の私は、美術にはほとんど関心がなかった。時折、開催される巡回の展覧会などが来ない限り、興味を示さなかった。比較的小さな時、田舎の小学校で栗の絵を描いて金紙を張ってもらった事や、どこかの展覧会に出してもらっ…
はじめに
2009年7月16日

華甲、いわゆる還暦から早いもので10年、ついに古稀を迎えたと思っていたが、それももう2年前となり、今年6回目の干支が廻ってきた。 「誰がそんな年に?」と自問したところであるが、60歳からの10年は本当に短かったように…
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