6月 1st, 2011 — 8:00am
東日本大震災において被災しなかった新潟に、私の本業である建設コンサルタントの本社はあります。仙台の事務所も幸いに大きな被害がありませんでした。
「がんばろう」「心をひとつに」「絆」など、マスコミなどでよく見聞きする言葉で、励ましあっている会社もたくさんあります。しかし、被災していない私どもが、あれだけの震災を体験した方たちに「がんばろう」などと言うのはおこがましい話です。また、建設コンサルタントという職業からいっても、私どもの仕事は人の暮らしの基盤を整備することですので、どことなくピンとくるものがありません。
そこで、この震災を受けて、思ったことを整理しなおし、震災から2ヶ月半も経ってしまいましたが、ようやく「望」という言葉にたどり着きました。次の通り「望」を掲げ、全社で次世代の日本の礎を築く努力をして参る所存です。
「望」
3月11日、被災地はもちろん、
日本人、そして世界中に、大震災が絶望、失望をもたらした。
しかし、私たちの国 日本には
立ち上がり、これまで以上の暮らしを築く力があると信じて、
復興への希望を掲げた。
この大災害からの復興は、長い道のりかもしれない。
でも、日本人のすべてが、世界中が、復興を望んで、手を携えている。
支えあう心から生まれる信望。
美しいふるさとを取り戻したい、住み慣れた町に帰りたい・・・望郷。
切望、願望、渇望! 望の数々があふれている。
それぞれの持つ「望」こそが、
復興へのエネルギーを生む。
***
これからの日本社会の基盤を築く、コンサルタント業の一員として−。
日々の暮らしのためには、
千年に一度あるかないかと、議論を延々と続けたり、
夢を追ってばかりはいられません。
それでも“想定外”という言葉で、
逃げることのできない社会的責任を担っています。
キタックでは一人ひとりが、
“今日の仕事”=ルーティーンになりがちな仕事にも、
未来への思いを、これまで以上に乗せていきます。
それは安心・安全へ繋がる「望」です。
毎日、たとえば5%ずつでも「望」を仕事に重ねていくことで、
未来を守る力が蓄積されます。
子どもの、孫の、そのまた…もっと先の未来にまで、
安心・安全があたり前の“幸せ”という大きな力となって届け!
そんな思いを込めて、キタックでは「望」を掲げます。
皆様のお心にもそれぞれの「望」を掲げていただければ、必ずや日本はこれまで以上の国となるに違いありません。
*株式会社キタック|「望」
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5月 11th, 2011 — 8:00am
東日本大震災から2ヶ月を経ましたが、日本国中で被災地を思い、未だ心安まらぬ日々が続いています。
3月11日金曜日、14時46分、マグニチュード9.0という大きな地震が発生しました。その後、15時11分には誰も想像だにしなかった千年に一度ともいわれる大津波が襲来し、大惨事となりました。
私の会社では、3月14日に緊急朝礼を行いました。年度末の繁忙期ではありましたが、全社員が会議室に集合し、大地震で亡くなられた方がたのご冥福と、被災者が一人でも多く無事であることを願い、祈りを捧げました。そして、この災害について会社としての考え方を話しました。
3月19日に、私も被災地を視察に行きましたが、現場ではテレビの画面では決して伝わることのない、伝えてはならないような壮絶な被害状況を、目の当たりにしました。
被災直後から現在に至るまで、被災地からの要請に従い、当社からも何名もの技術者を派遣しています。
被災地の調査に出向いた技術者であれば、被災地を歩き続けるのですから、見てはいけない惨状に遭遇した者もいるでしょう。
3月、4月は、例年になく寒い日々が続き、暖房もなく、お湯も出ない宿舎で眠り、また朝が来れば、現場へと出て行く…、豊かな時代に育った若者には、厳しい毎日だったと思います。
そんな中、現場から戻った社員は、「被害に遭った人たちを思えば、宿があるだけでしあわせだったし、自分たちはとにかく頑張らなくてはと思うだけだった。」「自衛隊、消防、警察などの方たちの働きを見ていると、我々など苦労しているうちに入らない」と語ってくれました。
また、現地で道行く人たちから、「私たちのために頑張ってくださって、本当にありがとう」と何度も声をかけて頂いたそうです。人は己がどんな苦境にあった時でも、何と優しく温かいものだろうと思った、という感想も聞いています。
東北人の我慢強く、優しい気質が、このような時でも失われないことを知り、感銘を受けました。
ところで、今回の大震災は「東日本」という名称通り、テレビ等でよく報道されている宮城、岩手、そして福島以外にも、広域で被災しています。
たとえば、東北震源の地震の翌朝、長野県北部地震が発生しています。新潟県の上中越地方でも被害が出ておりますが、ほとんど全国ニュースにはなりません。
北海道、青森、茨城、栃木、千葉などにおいても、それぞれ甚大な被害が出ているにも関わらず、騒がれていない土地の事は少し忘れてしまいがちですが、被災者一人ひとりの切なさは同じだということを思いやっていきたいものです。
さて、世界中が恐怖と共に注目している福島の原子力発電所の事故は、中越沖地震の際の柏崎での教訓が生かされず、このような結果となりました。 目には見えない放射能という恐怖、終焉がいつなのか、誰にも先が分からない不安、まだ復興には手のつけられない状況です。 情報伝達の遅れ、あるいは小出しの説明は住民、そして国民の不安を募らせています。
この震災が「想定外」だったことは確かですが、政府や電力会社の対応には「想定外だった から仕方ない」という言い訳は通用しないものが多かったと思います。この事故で日本は世界的な信用を失いました。技術立国としての信用、日本の安全神話、全てが崩壊したと言えましょう。
一日も早く、福島の人たちが安心して暮らせる環境を取り戻すべく、政府と電力会社には努めて欲しいものです。
原子力発電所および火力発電所の停止に伴い、需給逼迫により、東京電力が1951年創業以来、初の計画停電を実施しました。また、浜岡原子力発電所の停止など、これから暑い季節に向かって、まだまだ電力の心配は尽きません。
宇宙から見る日本列島の夜景は、地球上で 一番輝いているといわれていました。贅沢に、それこそ無尽蔵に電気を使ってきた日本においては、考えられない出来事です。
私の会社では建設コンサルタント業が政策的構造不況に陥ってから、日頃より社内での節約を心がけていました。私どものような小さな会社では、節約してもたかが知れているかもしれません。それでも更なる節電を実施し、全社での協力を続けています。
近頃、「今、私たちにできること」が合い言葉のようになっています。本当に「今、被災地のためにできること」は何でしょうか? 体力、金銭、時間に余裕のある人は、現地にボランティアに行くなど、具体的に被災地のための活動をするのも良いかもしれません。しかし、残念ながら誰にでもできることではありませんし、また、それだけでは本当の意味の復興はできないのではないでしょうか。
アクションを起こせない人でも、できる事は「普通に暮らすこと」だと思っています。被災しなかった私たちは、節電など、協力できることは積極的にすべきですが、それ以外は今まで通り普通に暮らしていくべきだと思っています。
こちらが一緒に意気消沈して、「自粛」を合い言葉に、生活を必要以上に切り詰め、消費を止めてしまうと、日本経済そのものが立ち行かなくなります。
家族や仲間と外食もすべきです。新しいものも買い、旅行にも行けば良いと思います。日本の産業が、企業が潰れないようにしていかねばなりません。企業が潰れてしまえば、あの広い東北の被災地を復興することなどできなくなります。
ゴールデンウィークを機に、ようやく人々の暮らしが平常に戻ってきた事をニュース等で聞くようになりました。私たちが元気に暮らしていくことが、被災地をも救うことになるのです。
このまるで戦災に遭ったのかのような被災地と、災害に心打ちひしがれた日本を力強く復興させてゆかねばなりません。
そして、日本人ひとり一人の、日々の暮らしでの活躍が新たな日本の自信を築く礎となるはずです。
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